ホルムズ海峡「再封鎖」宣言——停戦崩壊で何が変わり、何が変わらないのか

導入: 週末に起きたこと
7月12日未明(現地時間)、イラン革命防衛隊(IRGC)海軍がホルムズ海峡の閉鎖を宣言しました。声明は「追って通知があるまで、また米国による地域への干渉がやむまで閉鎖する。いかなる船舶や海軍艦艇の通過も認められない」というもので、宣言に先立ち、未承認航路を航行した船舶への警告射撃も報じられています。米軍はイランの軍事施設への攻撃を再開し、6月17日に署名された停戦覚書は事実上崩壊しました(CNN・NHK・日経、7/12)。
ホルムズ海峡は世界の石油・ガス貿易の約2割が通る要衝です。週末のイベントのため株式市場はまだこのニュースを織り込んでおらず、週明け7月13日の東京市場と時間外の原油先物が、最初の「値付け」の場になります。
事実の整理: 2月からの経緯
今回の危機は突然始まったものではありません。時系列を整理すると次のようになります。
- 2月28日: 米国とイスラエルがイランへの空爆を開始。IRGCは直後にホルムズ海峡の通航禁止を警告
- 3月8日: ブレント原油が4年ぶりに1バレル100ドルを突破。その後のピークは126ドル
- 4月8日: 一時停戦で海峡再開に合意(その後も米海軍によるイラン港湾封鎖などの応酬)
- 6月17日: 米イラン首脳が戦争と封鎖の終結に関する覚書に署名。原油は70ドル台前半まで沈静化
- 7月7日: ホルムズ海峡でタンカー2隻が被弾。米国はイランの原油販売を認める制裁適用除外を撤回
- 7月8日: トランプ大統領がNATO首脳会議で停戦は「終わった」と発言。ブレントは+5.4%の78.19ドルに急伸、ダウは576ドル安
- 7月12日: IRGCが海峡閉鎖を宣言、米軍は攻撃再開
見落とされがちな事実として、船舶位置情報(AIS)ベースの報道では、米国がコーディネートする航路を通る大型船の通航は7月7日以降すでにゼロになっています(Al Jazeera、7/10)。「封鎖宣言」は状態の追認であり、実態は宣言前から止まっていたのです。
影響の整理: 3月の再来にはならない、が
では3月のような原油126ドルへの急騰が再来するのでしょうか。筆者は「価格の再現」より「コストの常態化」が今回の形だと見ています。理由は3つあります。
第一に、輸入国側の適応です。日本の原油調達はこの5カ月で米国産スポットなどホルムズを通らないルートへ移行が進み、政府は7月から、その割高分(中東産との価格差)をガソリン補助金に月次固定で上乗せする「調整単価」(7月は1リットルあたり4.9円)を導入済みです(日経、6/29)。つまり「海峡が閉まると原油が来ない」段階から「閉まっても来るが、高い」段階に構造が変わっています。
第二に、イラン側の消耗です。封鎖はイラン自身の原油輸出も止めるため、原油在庫の積み上がりと減産を強いられる「持久戦」になっていると報じられています(Bloomberg、5/2)。完全封鎖を長期間維持する体力には疑問符が付きます。
第三に、市場の学習効果です。4月の一時停戦、6月の覚書と、市場は「エスカレーション→交渉復帰」のサイクルを2度経験しており、ヘッドラインへの反応は3月より鈍くなっています。
一方で、価格に出にくいコストは着実に積み上がっています。ホルムズを通航する船の戦争保険料は通常なら船価の0.15%程度ですが、現在は約5%が新常態とされ、大型タンカー1航海あたり500万〜750万ドル(約8億〜12億円)の上乗せです(新華社・業界推計、7/11)。海運大手3社はホルムズ海峡・ペルシャ湾内の航行を停止しています。保険料、迂回コスト、割高な代替調達——これらは原油先物のチャートには表れませんが、企業のコストと国の財政負担(補助金)として蓄積していきます。
日本への波及: 3つの経路
日本株への影響は、セクターの勝ち負けだけでなく、マクロの3経路で考える必要があります。
1つ目は交易条件の悪化です。エネルギー輸入コストの上昇は、企業マージンと実質所得を圧迫します。電気料金は燃料費調整の期ズレで7〜8月分から本格的に反映されるとされています(時事)。
2つ目は日銀の利上げ判断です。植田総裁は6月3日の講演で、中東情勢が不透明でも物価の上振れリスクが高ければ利上げを議論する姿勢を示しています。エネルギー起点のインフレ再加速は、7月末の日銀会合での利上げ判断を早める方向に働きます。
3つ目は長期金利です。先週の日本市場は10年国債利回りが一時2.9%まで上昇した後、政府の口先介入で反転した直後です。輸入インフレの再燃は、この金利テーマを再点火させかねません。
セクター別では、原油高の直接受益となる鉱業(INPEXの2025年12月期は営業利益率56.5%、PBR 0.77・配当利回り3.2%。EDINET・有報期末株価ベース)や資源商社が追い風、燃料コストが直撃する空運・電力・ガス・化学が逆風です。海運は、タンカー運賃の上昇(3月には過去最高を記録)と、航行停止・保険料負担が綱引きする「まだら」の位置にいます。
見通し: あすの米CPIの意味が変わった
もうひとつ重要なのは、7月14日に予定される米国の6月CPIとウォーシュFRB議長の初議会証言です。市場のコンセンサスは「6月の原油反落によりヘッドラインインフレ率は4.2%→3.9%へ低下」でしたが、7月の原油再急騰でこの「エネルギーは沈静化する」という前提が崩れました。6月の数字自体は良くても、議長は証言で「関税(7月下旬に新関税の期限が集中)+原油」という先行きのインフレリスクを問われることになります。米国はすでに9月の利上げを6割方織り込んでおり、「数字は下がったのに金利は上がる」という反応も十分あり得ます。
強気シナリオは、過去2回と同様に数週間で交渉の枠組みに戻り、原油が70ドル台前半へ回帰するケース。弱気シナリオは、米海軍による港湾封鎖が再導入されて「出さない×入れない」の二重封鎖が長期化し、原油100ドル再試しとLNG急騰が重なるケースです。分かれ目として、①時間外・週明けの原油が80ドルを超えるか、②米海軍封鎖の再導入があるか、③カタールのLNG出荷に支障が出るか、の3点を監視ポイントに挙げておきます。
まとめ
- 7/12にIRGCがホルムズ海峡の閉鎖を宣言、米軍は攻撃を再開し、6/17の停戦覚書は事実上崩壊した
- 実態としては7/7から大型船の通航はほぼ止まっており、宣言は状態の追認
- 3月のような126ドルへの急騰は基本シナリオではないが、保険料・代替調達・補助金という「見えないコスト」の常態化が進む
- 日本への経路は交易条件・日銀の利上げ判断・長期金利の3つ。7/14の米CPI・FRB議長証言は「原油の先行き」を問われる場に変わった
※本記事は情報提供目的であり、投資助言ではありません。記載の数字は各出所の報道・開示時点のものです。
出所: CNN・NHK・日経(7/12封鎖宣言)、Al Jazeera(通航状況)、CNBC(原油・米株)、新華社(戦争保険料)、Bloomberg(イランの持久戦)、時事(ガソリン・電気料金)、EDINET(edinet-insight、財務データは有報期末株価ベース)