炎症は88%下がったのに、心筋梗塞は減らなかった?

「炎症の数値は88%低下」「心血管イベントのハザード比は0.99」「株価は8.8%安」。この3つが同じ薬をめぐって並びました。
一見すると不思議です。薬は狙ったとおりに働いたのに、なぜ投資家は売ったのでしょうか。答えは、検査値が改善することと、患者さんの心筋梗塞や脳卒中が減ることは同じではないからです。
6,300人超で試した「最後の問い」
Novo Nordiskは2026年7月31日、抗IL-6抗体ziltivekimabの第3相ZEUS試験の結果を公表しました。対象は、動脈硬化性心血管疾患と慢性腎臓病があり、炎症指標hsCRPが高い6,300人超です。月1回15mgを皮下注射し、標準治療に上乗せして心血管イベントが減るかを調べました。
主要評価項目は、心血管死、非致死性心筋梗塞、非致死性脳卒中を合わせた3点MACEです。結果はハザード比0.99、95%信頼区間0.88〜1.11。1.00ならプラセボと同等なので、実質的に差を示せませんでした。
ただし、薬がまったく作用しなかったわけではありません。会社によると、IL-6経路は想定どおり阻害され、hsCRPも低下しました。第2相RESCUEでは、同じ15mg群のhsCRP中央値が12週で88%下がっていました。
ここが今回の引っかかりです。炎症という「途中の信号」は大きく改善したのに、心筋梗塞や脳卒中という「最終結果」は変わりませんでした。
なぜ、検査値だけでは足りないのか
バイオマーカーは、薬が体内の狙った場所に届いたかを早く確認するうえで役立ちます。しかし、心血管イベントには炎症だけでなく、血圧、脂質、血栓、腎機能、既存治療、患者さんの重症度など多くの要因が絡みます。
今回の事実から言えるのは、「この患者群に、ziltivekimab 15mgを月1回投与しても、MACE減少を証明できなかった」ということです。すべての炎症治療が無効だとまでは言えません。
実際、別の炎症経路であるIL-1βを狙ったCANTOS試験では、canakinumab 150mg群のMACEハザード比は0.85でした。一方で致死性感染症は増えています。標的、患者群、用量が違えば、効果と安全性の組み合わせも変わるのです。
ZEUSでも全体の有害事象率はプラセボと同程度でしたが、重篤感染症は薬剤群で多かったと会社は説明しています。詳しいイベント数や絶対リスクはまだ公表されておらず、2026年中の学会発表を待つ必要があります。
株価8.8%安は、何を織り込んだのか
7月31日のNovo Nordisk米国ADRは終値で8.8%下落しました。同日のS&P 500は0.7%高だったため、市場全体の下げに巻き込まれたというより、ZEUS固有の失望が大きかったと考えられます。
それでも会社は、2026年の調整後営業利益見通しに影響はないとしています。2026年Q3に非現金の減損を計上しますが、金額は未公表です。また、ziltivekimabを心不全患者で試すHERMESと、急性心筋梗塞後の患者で試すARTEMISは継続し、2027年上期に結果を予定しています。
つまり8.8%安には、目先の利益減だけでは説明しにくい部分があります。私の見立てでは、肥満・糖尿病以外へ成長源を広げるパイプラインへの信頼が下がったことも含まれています。ただし、これは推論です。8月5日の上期決算で中核事業と通期見通しが堅調なら、ZEUSの影響は限定的と再評価される余地もあります。
日本の製薬株にはどう効く?
直接の連想先は中外製薬(4519)です。同社のActemraもIL-6経路を抑える薬ですが、ziltivekimabとは標的部位も適応も違います。中外の2025年国内Actemra売上は505億円で、ZEUS失敗がこの売上を直接減らす根拠は確認できません。
重要なのは研究開発の評価方法です。中外の2025年研究開発費は1,801億円、売上比14.3%でした(EDINET〔edinet-insight〕)。バイオマーカーが良いだけでは、後期試験の成功確率を高く置けない。開発中止も含め、資本をどの案件へ振り向けるかが企業価値を左右します。
大塚ホールディングス(4578)も循環器・腎領域を重点の一つとし、研究開発へ約1.5兆円を投じる計画です。今回の結果は大塚の製品への直接材料ではありませんが、CKDや心血管領域では、検査値だけでなく入院や死亡を減らせるかという証明の重さを改めて示しました。
投資家として次に見るもの
まず8月5日のNovo Nordisk上期決算です。売上と利益見通しに加え、Q3減損額、ziltivekimabの開発方針を確認します。次に、2026年中に予定されるZEUS全結果です。絶対リスク、患者群別データ、感染症、腎転帰がトップラインの印象を変える可能性があります。
そして2027年上期のHERMESとARTEMISです。ZEUSと患者群も主要評価項目も異なるため、継続しているから成功、ZEUSが失敗したから両方失敗、と決めつけるのは早計です。
今回の教訓は単純です。薬が標的に届いた数字と、患者さんの生活や寿命を変えた数字は分けて見る。製薬株では、その距離が企業価値の大きな振れ幅になります。
本記事は情報提供目的であり、投資助言ではありません。