KDDI株を売った京セラ、ROE4.3%を変えるのは何か
「政策保有株を売れば、企業価値は上がる」と言われます。京セラは2026年3月期にKDDI株を約2,500億円売却しました。一方、同年度の電子部品事業の利益率は2.0%です。有報を読むと、資産を動かす改革と、事業で稼ぐ改革の距離が見えてきます。
私は、売却額の大きさだけでは次の成長を判断できないと考えました。確かめたいのは、保有株を現金に変えた京セラが、その資金を使って稼ぐ力を強められるかです。還元の原資があることと、還元を続ける利益を生むことは別だからです。
京セラは、半導体メーカーや装置メーカー、自動車・通信機器メーカーへ、セラミック部品、半導体を保護・接続するパッケージ、コンデンサなどを供給します。オフィス向けプリンターや複合機も手掛ける東証プライムの電気機器会社です。2026年3月期の連結売上高は2兆702.03億円、従業員は73,856人。全社営業利益率5.71%は、EDINET DBの同年度の業種中央値6.67%を下回ります。規模と採算は分けて読む必要があります。
目次
稼げる技術はあります。ただし、全事業に広がってはいません
まず、有報の事業別業績を見ました。表の売上は社内取引を含む会社の管理値、利益は会社が開示する「事業利益」です。連結営業利益とは定義が異なり、各部門の合計を全社利益とは扱いません。有報の経営分析から転記しています。
| 2026年3月期 | 売上高 | 事業利益 | 利益率 |
|---|---|---|---|
| コアコンポーネント | 6,534.29億円 | 630.82億円 | 9.7% |
| 電子部品 | 3,634.86億円 | 73.16億円 | 2.0% |
| ソリューション | 1兆709.19億円 | 1,039.43億円 | 9.7% |
部品を作れば一様に稼げるわけではありません。半導体パッケージなどを含むコアコンポーネントと、コンデンサなどの電子部品では採算が違います。ソリューションには米国工具子会社の譲渡に伴う一時利益約170億円が含まれ、表の利益をそのまま翌年へ延ばすこともできません。
コアコンポーネントの中でも、半導体関連部品は売上高3,794.32億円、利益率12.4%でした。有報は、情報通信用セラミックパッケージとデータセンター向け有機パッケージの販売増を説明しています。ただし前期の一時損失が減った効果もあり、増益の全額が需要増によるものではありません。
強さの根は、材料を売るだけで終わらないことです。有報の競争環境欄では、顧客の製品ごとに仕様を合わせた部品を開発し、要求に沿う新製品へ早く着手すると説明しています。研究開発欄にも、光通信の高速化や半導体の大型化に対応した材料・基板開発が並びます。
顧客の設計段階から材料と形状を合わせれば、次の量産で選ばれる入口を作れます。採用後に他社品へ替えるには仕様と性能を確かめ直す必要がある、というのが私の読みです。ただし、切り替え費用や実際の値上げ幅は未確認です。会社自身も「製品価格の値下げ要求は概して恒常化」と記しています。技術優位を、無条件の価格決定力とは読みません。
もう一つの利益源がプリンターなどです。ドキュメントソリューションの事業利益は451.15億円、利益率9.4%でした。有報の研究開発欄は、機器の長寿命化と消耗部品の廃棄削減を説明しています。顧客が使い続ける費用を下げる技術が、選ばれる理由になります。ただし同年度は減益であり、安定利益を担うという会社の位置づけと、毎期の増益は同じではありません。
全社の営業利益率は2022年の8.10%から低下し、2026年に回復しても5.71%です。ROEは前期0.7%から4.3%へ改善しており、改革が止まっているわけではありません。業種比較は電気機器全般で、直接競合だけではありませんが、優位な製品の存在が全社の高採算へ直結していないことは分かります。
KDDI株の売却で変わるのは、資金の行き先です
有報の株式保有明細によると、2026年3月期のKDDI株売却額は2,492.91億円です。会社は政策保有株の純資産比率を、期末の48.3%から2031年3月期を目途に20%未満へ下げる計画です。保有を見直す動きは、実行段階に入っています。
ただ、株式を現金に替えただけでは、工場の生産性は上がりません。税引後の資金を還元すれば株主に資本を返せますが、事業へ投じるなら、その後の利益で回収する必要があります。保有を減らした分の受取配当も、将来の利益を考える際には差し引く側です。
資金の配分には変化が見えます。2026年3月期には2,000億円の自己株式取得と並行して、設備投資を1,490.99億円実施しました。そのうちコアコンポーネント向けは787.59億円です。有報の設備・資金需要欄では、半導体関連の生産能力拡大を挙げています。さらに日本航空電子工業との資本業務提携に伴う株式取得へ812.32億円を使い、コネクタ事業の成長を図っています。
還元だけではありません。株式を売り、別の事業や提携へ資金を移しています。その効果を測るため、会社は事業評価にROIC、つまり投じた事業資本に対する利益の割合を導入する方針を有報で示しました。投入額に見合う利益を回収する規律が重要です。
需要の追い風を、増設後の利益に変えられるか
需要面では、AIの計算量だけでなく、データを高速にやり取りする通信部分にも開発機会があります。高速光通信用パッケージや高多層基板を供給する同社には、顧客の設備投資と製品の高機能化の両方が効きます。これは有報の研究開発方針から読める経路です。
最新の第1四半期短信でも、2026年4〜6月のコアコンポーネント利益率は13.4%へ改善しました。会社はAIデータセンター向けパッケージの増収を主因に挙げています。電子部品も8.5%へ改善していますが、こちらは不動産売却益等を含みます。両者を同じ回復として扱うのは早いです。
コスト面では、有報が原材料高、人材確保、設備稼働率低下をリスクに挙げています。増設すると、販売が伸びる前から人員や設備の費用が必要になります。顧客仕様に対応する開発力を守りながら、十分な数量を売る必要があります。
資本配分も同時に問われます。私が追加して確認したいのは、保有株に置いていた資本を、回収の遅い工場や出資へ移しただけにならないかです。これは会社の失敗を確認した話ではありません。事業別の投資回収年数は今回の資料では確認できず、利益率とROICを併せて追うべき理由です。
私は、半導体向けの技術と直近の採算改善には、稼ぐ力が強まる兆しがあると読みました。通説は条件付きです。資金を適切に株主へ返すか、以前より効率よく事業で運用できれば、企業価値を支えます。京セラでは還元の実行は確認できましたが、再投資の成功はまだ別の検証を要します。
予想PER29.1倍には、既に本業の回復が入っています
9月11日終値は3,551円でした。会社予想EPS122.04円で割ると予想PERは約29.1倍。有報の2026年3月末BPS2,534.85円を使うとPBRは約1.40倍です。どちらも現値で再計算し、PBRの純資産だけは期末の値を使っています。
7月30日の会社予想は、通期のコアコンポーネント利益率13.8%、電子部品6.3%を前提にしています。予想PERの分母には、この改善を含む利益が既に入っています。「資産も技術も市場に無視されている」という期待は、今回の検証では支持できませんでした。ただし、倍率だけで市場の期待を一意に逆算したわけではありません。
評価がさらに上向く前提は、顧客別の開発が継続受注につながり、一時利益を除く部品採算と投資効率が改善することです。利益の成長が設備投資後も続くなら、株主が見込める将来利益が増え、評価を支え得ます。反対に、政策株売却が進んでも事業の利益予想が下がれば、その効果を打ち消す可能性があります。
反証の目印は、コアコンポーネントの半期利益率が2026年通期の9.7%を下回り、翌半期も戻らず、半導体関連部品の受注も前年割れすることです。投資が実力に変わるという読みを見直します。電子部品は一時利益を分けて会社計画の6.3%への進捗を確認します。これらは株価の転換点ではなく、私の仮説を点検する基準です。
次は10月の決算と、11月の事業戦略をつなぎます
限界は、顧客別の採算、価格改定の実績、個別投資の回収期間を確認できないことです。また、今回調べたのは企業価値を生む仕組みであり、売却発表だけの株価効果を測った分析ではありません。
次はIRカレンダーにある2026年10月下旬予定の中間決算で、部品事業の利益率と増減益要因を確認します。続いて、経営計画資料が予定する11月下旬の事業戦略説明会で、投資先のROICと回収の説明を見ます。次の有報では半導体関連部品の受注と政策株明細を照合します。売った額の次に、移した資金が生む利益を追います。
本記事は公開データに基づく機械的な試算であり、特定銘柄の売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任でお願いします。