「対象外」なのに金融株が下落? 中国の離岸信託20%課税を読み解く

8月5日のロンドン市場で、HSBCは5%超下落し、Prudentialは一時8%安となりました。きっかけは、中国が海外の未納税額を調べ、一部では2000年まで遡っているという報道です。
ここで少し変だと感じます。7月24日に中国が公表した離岸信託の税制では、金融当局の監督を受ける銀行、保険、証券、基金会社などが不特定多数向けに販売する商品は、制度上の「離岸信託」から外されているからです。
では、なぜ銀行や保険の株が売られたのでしょうか。
まず、何に20%かかるのか
中国財政部と国家税務総局は7月24日、離岸信託に関する個人所得税ルールを公表し、同日から施行しました。
中国の居住者が株式や不動産などを離岸信託へ入れると、移転時の時価から取得原価と合理的な費用を引いた利益に20%がかかります。さらに信託の存続中も、株式などの譲渡益、利子、配当といった所得に年次で20%がかかります。実際にお金が本人へ分配されていなくても課税対象です。
しかも、譲渡損を翌年へ繰り越すことはできません。譲渡損と利子・配当所得の相殺もできず、受託者報酬、管理費、法律・投資助言費も課税所得から控除できません。表面上の「20%」以上に、運用後の手取りへ効きやすい設計です。
過去分にも移行措置があります。2023年1月から2025年12月までに信託へ移した財産の未納分や、2026年より前の信託所得の未納分は、公表から90日以内に申告すれば延滞金を課さないとされました。初回申告では信託契約、資産明細、組織図、財務諸表なども必要です。
金融商品は対象外。それでも安心できない理由
公式公告には重要な例外があります。海外の金融監督当局が監督し、不特定顧客向けに独立運営する銀行、保険、証券、基金会社等の商品は、今回の「離岸信託」の定義に含まれません。
この点だけを見れば、大手金融機関には追い風にもなります。非透明な私的信託から、税務申告しやすい保険、基金、一任運用へ資産が移れば、コンプライアンスに強い会社へ顧客が集まる可能性があるからです。国外で支払った個人所得税の控除や、すでに課税した所得を分配時に再課税しない仕組みもあります。
それでも株価が下がったのは、市場が「商品の直接課税」より「資金が動かなくなること」を心配したためだと考えられます。
Financial Timesは8月5日、中国の銀行が富裕層の海外投資と税務申告を点検し、一部調査が2000年まで遡ると報じました。公式公告で明記された経過措置は2023年以降の資産移転などが中心です。2000年まで遡る個別調査がどの法律と範囲で行われているかは、公開資料だけでは確認できません。
この不確実性が大きいのです。中国本土の顧客が新しい海外口座や保険契約を控えれば、銀行の預金、証券売買、保険料、運用報酬が一緒に鈍る可能性があります。逆に、資産そのものは海外に残り、私的信託から規制商品へ付け替わるだけなら、大手金融機関には新しい手数料機会が生まれます。
香港の2.9兆ドルはどちらへ動くのか
BCG資料を基にした報道では、香港が受け入れた2025年のクロスボーダー資産は2.9兆ドルで、前年比10.7%増。その約60%が中国本土由来です。
つまり、今回の話は一部の富裕層だけの税務問題ではありません。香港の銀行、保険、証券、運用会社が稼ぐ継続手数料の土台に関わります。
財政の背景も無視できません。中国の2025年個人所得税収は1兆6,187億元で前年比11.5%増でした。一方、2026年1〜4月の国有土地使用権譲渡収入は6,801億元で前年同期比27.2%減です。ただし、土地収入減が今回の課税を直接引き起こしたと中国政府が説明したわけではありません。「財政穴埋め」と断定せず、同時に起きている事実として分けて見るべきです。
日本の投資家は何を見るべきか
日本株では、野村ホールディングス(8604)のようにアジアの富裕層・運用事業を広げる会社が比較対象になります。
野村の2026年3月期は、全社の純営業収益が2兆1,677億円、当期純利益が3,621億円でした。ウェルス・マネジメント部門の純営業収益は4,879億円で前年比12.5%増、税引前利益は2,040億円で22.8%増です。出所はEDINETと同社Form 20-Fです。
ただし、中国富裕層向けの離岸信託が野村の収益にどれだけ含まれるかは確認できません。ここで見るべきなのは「中国課税だから野村に悪い」といった単純な連想ではなく、アジアの純資金流入、継続報酬資産、本人確認コストです。大和証券グループ本社(8601)、三井住友トラストグループ(8309)でも同じ視点が使えます。
外国株ではHSBC(HSBC)、Standard Chartered(STAN.L)、Prudential(PUK/PRU.L)、AIA(1299.HK)が直接的です。オンライン証券のFutu(FUTU)とUP Fintech(TIGR)は、海外株取引の口座経路や申告強化への感応がより高いと考えられます。
次の数字は「税収」より「資金流入」
最初の節目は、7月24日から90日となる10月下旬です。申告件数、追徴額、期限延長、銀行への追加指針が見えてきます。次は2027年3月1日から6月30日までの2026年分年次申告です。
金融機関の決算では、預かり資産残高だけでなく、本土顧客の新規口座、香港保険の年換算新契約保険料、純資金流入、ウェルス手数料、コンプライアンス費用を確認します。
今回のねじれは明快です。制度上は規制金融商品を対象外にして透明性を高めたのに、市場は金融株を売りました。答えは20%という税率だけではなく、中国富裕層のお金が「消える」のか「透明な商品へ移る」のかにあります。
本記事は情報提供目的であり、投資助言ではありません。