「骨太」は効かなかった。円163円台と、拡大する中東の戦争

導入
7月上旬、日本政府は「骨太の方針」を通じて日銀の独立性を明記し、市場はこれを一定の安心材料として受け止めた。実際、7月11日には財務相のGPIF関連発言もあって長期金利が急反転する場面もあった。
ところがその安心感は、長くは続かなかった。7月21日(米国時間)、ドル円は163円台前半まで下落した。1986年12月以来、約39年半ぶりの円安水準である。日本経済新聞はこの局面を「骨太の修正、響かず」と評した。政策的なコミュニケーションが、地政学ショックの前でほとんど効果を持たなかったことを示す表現だ。
何が起きたか
背景にあるのは、米国とイランの戦争がさらに拡大していることだ。これまでヨルダン国境地帯や紅海の航行支障といった、いわば「周辺」への影響が中心だったこの戦争は、7月17日から19日にかけて始まったバーレーンとクウェートの本土そのものへの攻撃(20日夜、21日も継続)という、より直接的な段階に入った。
クウェートでは、攻撃の一つが発電・浄水プラントで火災を引き起こしたと当局が発表している。バーレーンはイランのミサイル・ドローン攻撃を阻止したとし、ヨルダンは4発中3発のミサイルを撃墜したと発表した。米軍はこれに対して11夜連続でイランへの空爆を継続しており、米軍の戦死者は開戦以来18人に達したと米国防総省が確認している。
この戦争の拡大が、原油市場に直接反映されている。Brent原油は7月22日、前日比+3.43%の1バレル94.13ドルまで上昇した。これは6月8日以来の高値であり、月間では実に+22.12%、前年同期比では+37.40%の上昇になる。
なぜ円が売られるのか
原油高そのものは、日本にとって輸入コストの上昇要因であり、貿易収支を悪化させる方向に働く。だが今回の円安には、それだけでは説明しきれない側面もある。市場でよく語られる説明は「有事のドル買い」だ。地政学リスクが高まると、投資家は相対的に安全とされる米ドルに資金を逃避させる傾向がある。中東情勢の悪化がまさにこの経路を通じて、ドル買い・円売りを後押ししている。
そしてここに、「骨太の方針」という日本独自の政策要因が絡んでくる。7月上旬の政府方針改訂では、日銀の金融政策運営における独立性が明記された。これは、財政拡張圧力から日銀を切り離し、金融政策への信認を高めることを狙ったものだったはずだ。
しかし今回の円安局面で、この政策的コミットメントはほとんど市場の注目を集めていない。日本経済新聞の報道によれば、この「響かず」という評価は、中東発の地政学リスクの強さが、国内の政策シグナルをかき消してしまっていることを意味する。片山財務相は「必要に応じていつでも適切に対応する」と繰り返しているが、市場では為替介入への「大義なし」という、やや冷めた見方も報じられている。
東京市場の複雑な一日
7月22日の東京株式市場は、この地政学リスクだけでは説明できない、もう一つの動きを見せた。日経平均は朝方、半導体・AI関連株が主導する形で一時1,300円を超える上昇を見せたが、午後にかけて利益確定売りに押され、終値では116円安まで失速した。
この値動きの背景には、同日の米国市場引け後に予定されていたAlphabetとTeslaの決算発表への持ち高調整という側面もあったとみられる。つまり7月22日の東京市場は、中東情勢という地政学材料と、米テック決算という別の材料が、同じ一日の中で交錯した結果だったと考えられる。
今後の見方
強気のシナリオを描くなら、パキスタンによる仲介努力が実を結び、攻撃の応酬が沈静化する展開が考えられる。ホルムズ海峡での物理的な航行支障が実際には発生せず、原油供給への実害が限定的にとどまれば、原油高・円安の圧力も和らぐだろう。
一方で弱気のシナリオは、攻撃の拡大がさらに進み、ホルムズ海峡の物理的な閉鎖という、より深刻な事態に発展するケースだ。この場合、原油価格は100ドルの大台に接近し、日本の物価・貿易収支への影響も無視できない規模になる。ドル円が163円を超えてさらに円安が進めば、政府・日銀が口先介入にとどまらない実弾介入に追い込まれる可能性も出てくる。
当面の焦点は、7月24日に法定失効を迎える米国の関税措置、7月28-29日のFOMC、そして7月31日の日銀金融政策決定会合だ。いずれも、今回の中東情勢と少なからず絡み合いながら、市場の次の材料になっていく。
本記事は情報提供目的であり、投資助言ではありません。