アシックスの自社株買い、2,000万株と2,500万株は足せません

「自社株買いに消却が加われば、1株利益は二重に増える」と思われがちです。アシックスが9月9日に発表したのは、上限2,000万株の取得と2,500万株の消却ですが、4,500万株分の利益押し上げにはなりません。私は、この二つを足さずに読むことが今回の判断の出発点だと考えます。
アシックス(7936)は、ランニングやテニス向けのシューズ、衣料などを世界の消費者に販売するスポーツ用品メーカーです。競技用に加え、日常向けのスポーツスタイルや「オニツカタイガー」も展開します。2025年12月期の連結売上高は8,109.16億円でした。前期決算短信で規模を確認できます。
目次
消却する株は、もう利益の分母から外れています
9月9日の開示では、買付枠は2,000万株・700億円がそれぞれ上限で、期間は9月10日から2027年3月31日です。これとは別に、9月30日に2,500万株を消却します。
EPS、つまり1株当たり利益は、利益を自己株式を除いた期中平均株式数で割ります。会社がすでに持っている自己株式は分母から除かれているため、消却時にもう一度減らすことはできません。会計基準委員会の解説も、この扱いを明示しています。
6月末の自己株式を除く株数は約7億891万株です。他の株式異動を止めて消却だけを行うなら、発行済株式総数と自己株式数が同じだけ減り、差し引きの株数は変わりません。
では消却は無意味でしょうか。会社が挙げる目的は、将来の希薄化への懸念を取り除くことです。保有したままなら再び社外へ渡せる株を消すためです。今回消す株についての効果であり、将来の新株発行までなくなる意味ではありません。
取得は利益を分ける株数を減らし、消却は取得済みの株を再利用できなくします。効く経路が違います。
2,000万株も、必ず買う株数ではありません
もう一つ、金額の制約があります。英文開示でも、株数と金額はともに上限です。700億円を2,000万株で割ると、平均取得価格3,500円が境目になります。これは会社が示した買付指値でも、株価の下限でもありません。
9月9日の通常取引終値は4,100円でした。野村證券の価格表示を基準に、仮に全額をこの価格で取得すると、700億円÷4,100円で約1,707万株。6月末の自己株式を除く株数の約2.41%です。実際には日々の価格と実行額で変わります。
利益が一定で、その株数減少が通年にわたり効くと仮定したEPSの押し上げは約2.47%です。今期の増益予想ではありません。EPSの基準は期中平均株数を使うため、買った時期によって当期への効き方も変わります。
過去にも金額が先に上限に達しています。有価証券報告書によると、2025年2月の取得枠は700万株・200億円でしたが、実績は651万5,500株で約200億円でした。株数枠を使い切らないこと自体は、還元に消極的という証拠にはなりません。
見るべきなのは発表された株数上限より、実際の取得額・平均価格・取得時期です。
買い戻しを続ける力は、靴を売って稼ぐお金にあります
ここからは私の見立てです。今回の還元を評価する軸は、消却日の株数減少よりも、成長投資を続けながら買付資金を生み出せるかにあります。
EDINET(edinet-insight)で取得し会社資料と照合した2025年の営業キャッシュフローは1,099.12億円、投資キャッシュフローは294.14億円の支出でした。差し引きは804.98億円です。これは過去の規模感であり、今後自由に使える資金の確約ではありません。
直近の中間決算では、2026年上期の営業キャッシュフロー588.29億円に対し、投資支出との差し引きは447.88億円でした。一方、6月末の現金同等物は1,413.95億円あります。半年の資金創出だけと700億円の取得枠を比べて、無理な還元と決めるのも早計です。配当、返済、下期の投資・資金回収まで含めて見ます。
利益を伸ばすには、商品開発や店舗・物流にもお金が必要です。8月の会社説明資料は、通期の販管費を前期比882億円増やす計画を示しています。人材や広告などへの支出を増収で吸収する想定です。販売が伸びて費用を回収できれば、成長と還元は両立します。反対に、販売が想定を下回り、追加費用の回収や売掛金の入金が遅れれば、買付枠の大きさだけでは利益を守れません。
買付そのものは商品の売上や営業利益を増やしません。EPSが改善したときも、本業の利益が増えた部分と、株数が減った部分を分けて読む必要があります。
次は「消却できたか」と「いくら買えたか」を別々に確認します
今日からウォッチリストの7936欄を、「取得額・平均価格・期中平均株数・本業利益」に書き換えます。
9月30日は消却予定日です。取得状況の開示では累計取得額と株数を確認しますが、次回の取得状況公表日は未確認です。続く11月13日は第3四半期決算、11月17日は次期中計をテーマにしたインベストメントデイが公式日程に載っています。
11月13日は利益と株数の両方、11月17日は成長投資と還元への資金配分を確認します。「取得と消却を足す」見方から、「実際に減った株数と、それを支える利益を見る」判断へ更新します。
本記事は情報提供目的であり、投資助言ではありません。