1日で株価5.7倍。でも「買える株」は全体の6.73%しかなかった、という話

上場初日、株価が5.7倍でスタートした会社
7月27日、中国のメモリー半導体メーカー・CXMT(長鑫存儲)という会社が、上海の株式市場に新規上場しました。上場前に決まっていた株価(IPO価格)は1株8.66元でしたが、いざ取引が始まると、最初についた値段(始値)はなんと49.50元。IPO価格の約5.7倍でスタートしたことになります。
取引時間中には55.03元まで買われる場面もあり、最終的な終値は49.00元。それでも上昇率は466〜472%(報道によって幅あり)という、ちょっと見たことのない数字です。この結果、CXMTの時価総額は約3.28兆元(日本円換算せず書くと約4,870億ドル)まで膨らみ、あの中国工商銀行(ICBC、世界最大級の銀行の一つ)を抜いて、中国本土で上場している企業の中で時価総額トップに躍り出ました。売買代金も1,400億元を超え、一部報道では中国本土の上場企業として単日の売買代金が1,000億元を初めて超えたとも伝えられています。
「そんなに評価される、すごい会社なんだ」と思うのが自然な反応だと思います。でも、この急騰の中身を見ていくと、少し違う景色が見えてきます。
「買える株」が、そもそもほとんどなかった
CXMTの上場にあたって、実際に市場で売買できる状態にあった株式(流通株)の比率は、発行済み株式全体のわずか6.73%でした。残りの9割以上は、株主(政府系ファンドや創業関係者など)が保有したまま市場に出てこない状態だったのです。
一方で、機関投資家からの「買いたい」という需要は、実際に割り当てられる株数の約570倍に達していたと報じられています。個人投資家向けの抽選についても、応募倍率は243.93倍でした(こちらは前日、上場前の段階で判明していた数字です)。
つまり、「買いたい人」の数に対して、「実際に流通している株」の数が極端に少ない状態で取引が始まったわけです。こういう状況では、会社の実力(業績や成長性)とは関係なく、単純に「品薄」という理由だけで株価が吊り上がりやすくなります。金融の世界では、これに近い現象を「スクイーズ」(締め上げ)と呼ぶことがあります。
もちろん、CXMTがだめな会社だという話ではありません。中国最大のメモリー半導体メーカーで、世界シェアでも4位につけている、実力のある企業です。始値の水準を、今の利益ペースがこのまま1年間続くと仮定して計算すると、株価収益率(PER、利益の何年分で株が買えるかを示す指標)はだいたい29〜33倍という試算があります。これは、AI関連の半導体銘柄としては、突拍子もなく高いというほどの数字ではありません。
問題は、「その計算の前提となる株価」自体が、6.73%しかない流通株の奪い合いで決まった価格だという点です。つまり、今回の急騰がどこまで「実力に見合った評価」で、どこまで「品薄による一時的な過熱」なのかは、この初日の値動きだけでは判断がつかないというのが、正直なところだと思います。
隣の会社の株価が下がった、という反応
もう一つ興味深いのが、CXMTの急騰を受けて、競合するメモリー半導体メーカーの株価がむしろ下がったことです。
アメリカのMicron(マイクロン)は取引時間中に一時5%前後下げ、終値では2.25%の下落。SanDisk(サンディスク)は11.02%の下落、韓国のSKハイニックス(のADR、アメリカ市場に上場している預託証券)も7.47%下落しました。CXMTが調達したお金で生産能力をさらに拡大すれば、記憶容量重視の汎用メモリー(DRAM)の供給が増え、価格競争が激しくなるかもしれない、という警戒感が背景にあります。
日本の株式市場でも、似たような反応が見られました。メモリー半導体大手のキオクシアホールディングスは値を下げた一方で、半導体製造装置を作っているディスコやSUMCOといった会社は、逆に東京証券取引所の売買代金上位に入るくらい買われていました。
これはちょっと面白い構図です。CXMTというひとつのニュースが、「メモリーを作って売る会社」(キオクシアなど)にとっては悪い話に、「メモリーを作るための機械を売る会社」(ディスコやSUMCOなど)にとっては良い話に、それぞれ違う方向で効いたということです。CXMTが工場を拡大するなら、その工場で使う装置の注文が増えるかもしれない、という思惑が働いたと見られます(ただし、この解釈が実際に正しいかどうかは、今後の受注実績を見ないと分かりません)。
なお、CXMTはメモリーの中でも「DRAM」という種類が専門で、キオクシアが主力とする「NAND型フラッシュメモリー」とは、厳密には別の製品市場です。それでも投資家心理としては「同じメモリー半導体」という括りで一緒に扱われやすく、7月中旬にもCXMTの上場計画に関連したニュースでキオクシアの株価が急落した経緯があります。今回もその流れの延長線上にあると言えそうです。
投資家として何を見るか
CXMTの上場は、上場後5営業日は通常の値幅制限(1日の値動きの上限)がありません。つまり、7月28日以降もまだ、乱高下する余地が制度上残っています。品薄状態がどう解消されていくか(あるいは解消されないままなのか)は、これからの値動きを見ないと分かりません。
もう一つの注目点は、7月29日に予定されている韓国SKハイニックスの決算です。経営陣がCXMTの台頭についてどうコメントするか、そしてAIサーバー向けの高付加価値メモリー(HBM)の需要見通しをどう語るかが、CXMTの脅威が「一部の汎用品市場に限られる話」なのか、「もっと広がる話」なのかを判断する材料になりそうです。
私が来週見ているポイントは次の2つです。
- CXMT株価が、流通株制限のない状態でどこまで落ち着くか(あるいは落ち着かないか)
- 7/29のSKハイニックス決算で、CXMTへの言及がどのようなトーンで出てくるか
「1日で株価5.7倍」という見出しだけを見ると景気の良い話に聞こえますが、その中身は「実力の証明」というよりも「品薄によるお祭り」という側面が強そうだ、というのが今回お伝えしたかったことです。
本記事は情報提供目的であり、投資助言ではありません。