原油の半分がロシア産なのに、インドの製油所は本当にもうかるのか

「輸入の半分がロシア産」。この数字だけを見ると、インドの製油所が安い原油を大量に買い、大きな利益を得ているように見えます。
2026年7月、インドの原油輸入に占めるロシア産は50.83%、日量247万バレルだったとReutersが8月14日に報じました。ところが同じ7月下旬、インド国営製油会社BPCLの幹部は、ロシア産原油の割引提示が消えたと説明しています。
輸入比率は過去最高なのに、安さは消えた。このねじれを解く鍵は、「原油を何本買ったか」と「1本からいくら利益が出たか」を分けることです。
目次
まず、数字の幅を確認します
7月30日時点の船舶追跡会社Kplerの推計は、ロシア産が日量278万バレル、インドの総輸入が496万バレルでした。比率にすると約56%です。一方、8月14日に流通したReutersの貿易データは日量247万バレル、50.83%でした。
この差は矛盾とは限りません。月末前後の船舶到着を数える速報と、後から締めた貿易データでは、対象船や計上日がずれるからです。ただしReuters原文とインド政府の7月国別確報は検索で取得できませんでした。本稿では50.83%を最新の報道値として使い、「公式統計」とは呼びません。
方向ははっきりしています。Kplerによる5月のロシア産は日量213万バレル、比率36.5%でした。夏にかけてロシア産への依存が急に高まっています。
なぜ「安さ」以外でもロシア産が増えるのでしょうか
理由の一つは航路です。中東産原油の多くはホルムズ海峡を通ります。米・イラン紛争で通航、保険、到着時期が不安定になると、ロシアからインドへ向かう航路は供給分散の役割を持ちます。
もう一つは製油所です。インドの主要製油所はロシアのUrals原油を大きな設備変更なしで処理できます。原油は同じ「1バレル」でも、硫黄分や重さによって作れるガソリン、軽油、重油の割合が違います。設備に合う原油なら、単純な購入価格だけでなく、取れる製品の価値まで含めて有利になります。
ここで時間差も重要です。7月に到着した原油は、それ以前に契約・積載されたものです。7月初めにはUralsのインド着価格がBrentより1バレル10ドル超安いとの推計がありましたが、7月23日にはBPCL幹部が割引提示の消失を説明しました。輸入数量は過去の好条件を映し、利益率には足元の条件が後から効いてきます。
輸入量が増えても、利益が減る仕組み
製油所の採算は、ざっくり言えば「ガソリンや軽油の価格-原油価格」です。しかし実際には、製品の精製マージン、原油の品質差と値引き、長距離運賃、保険料、制裁確認の事務・決済費用、在庫評価を足し引きします。
ロシア産の比率が上がっても、値引きが縮み、運賃や保険料が上がれば利益は薄くなります。反対に、欧州の軽油不足で製品価格が上がれば、原油がそれほど安くなくても利益は増えます。
実際、Reliance Industriesは7月に欧州とブラジル向けの軽油輸出を増やしました。Reutersによると、欧州の軽油マージンは7月29日に1バレル74ドルと過去最高となり、在庫も低水準でした。インドはロシア原油の「終着点」ではなく、原油を軽油へ変えて大西洋市場へ送り直す中継製造拠点になっています。
米国の「最大100%関税」は、まだ発動していません
もう一つの分岐点が米国です。米上院は8月7日、ロシア産原油・天然ガスの上位輸入国などからの輸入品に、大統領が最大100%の追加関税を課せる法案を86対11で可決しました。法案本文では、301条や232条など既存関税への上乗せも可能です。
ただし、これは上院を通過した段階です。8月16日時点では下院未通過で、法律として成立しておらず、インド製品に100%関税が発動したわけでもありません。
成立すれば影響は石油会社だけにとどまりません。原油購入を理由にインドから米国へ輸出する幅広い製品が関税対象になり得ます。インド政府と企業にとっては、「安定した原油調達」と「米国市場へのアクセス」を同じ天秤に載せる制度になります。
日本企業には、どこから効くのでしょうか
日本の石油会社がインドと同じ行動を取る、という話ではありません。伝播経路は原油の奪い合いと価格差です。
インドがロシア産を買い続ければ、中東産や米州産に対する需要競争は一部弱まります。逆に制裁でロシア産を急に減らせば、インドが中東・米州産へ買いを移し、日本の調達価格やタンカー運賃を押し上げる可能性があります。
ENEOSの2026年3月期は売上高11兆7,654.70億円に対し、売上原価は10兆5,420.49億円、棚卸資産は1兆5,577.86億円でした(EDINET〔edinet-insight〕、2026年6月23日提出有報)。同社自身も、石油製品のマージンが原油価格、円相場、海外製品市況、国内稼働率に左右されると説明しています。
したがって投資家が見るべきなのは売上高の増減だけではありません。ENEOS、出光興産、コスモエネルギーHDでは、原油コストを国内製品価格へ移す時間差と、在庫評価を除いたマージンが重要です。日本郵船や商船三井では、ロシア―インド間の長距離化と制裁対象船の排除が、適法なタンカー船腹の需給をどう変えるかが焦点です。
次に見るのは「比率」より3つの差です
この読みの前提は、ロシア産が物理的に流れ続け、ホルムズ経由の供給不安が残り、米国の関税が直ちに全面発動されないことです。8月のロシア産比率が40%を明確に下回り、中東航路が正常化し、Uralsの割引が再び広がるなら、ホルムズ回避が比率を支えるという見立ては弱まります。
次に確認するのは、8月末に再開する米下院で法案が委員会、修正、採決のどこまで進むかです。並行して、PPACの7月月報と8月の船舶到着データでロシア産比率を確認します。企業決算では、Reliance、IOC、BPCL、HPCLの精製マージン、稼働率、原油構成、製品輸出量を見ます。
ニュースの主役は50.83%という比率ですが、利益を決めるのは、原油の値引き、製品価格、運賃・制裁費という3つの差です。この3つを追えば、「ロシア産が増えた」という数量ニュースを、企業収益へ翻訳できます。
本記事は情報提供目的であり、投資助言ではありません。